デザインの歴史を学ぶ意味とは

流行30年周期説流行30年周期説というものがあります。デザインや物などの流行が30年周期で繰り返すという考え方です。

たとえば、’10年代には’80年代のリバイバルが受けるとか、’00年代には’70年代のファッションが流行すると予測して、30年前の流行を現在にアレンジして販売するなどというケースもあります。

もしあなたが今、80年代アイドルや歌に流行りを感じているなら、流行30年周期説は正しいということに。流行は繰り返す、だからこそデザインの歴史は、デザインを志すものにとってアイデアの宝庫になるのです。

短期化する流行周期

インターネットで検索現在、30年周期説よりも短いスパンで流行は繰り返す、という意見もあります。

データのデジタル化やインターネットの普及によって、消え去ったはずの流行がネットでいつでも見られる時代が来ているのが理由です。

デジタル化が始まる前は、過ぎ去った流行は図書館の書庫にのみ存在していましたが、今は、かつての流行が高精度にネット上で閲覧可能になったことによって、流行の周期は短くなりつつあると言われています。

デザインを遡るのはいつからか

アール・ヌーボーデザインの歴史を遡ると縄文土器に行き着くが、何もそこからデザインを学ぶ必要はありません。

図案、模様、ロゴ、マーク、ポスター、チラシ、文具、食器、工業デザイン、ユニバーサルデザイン、コンピュータグラフィクス、都市デザイン、照明デザインなどがデザインとして考えられはじめたのは、19世紀後半ぐらいらしいといわれています。

デザインの歴史を学ぶのであれば、アール・ヌーボーやアール・デコから始めるといいかもしれません。

日本のデザイン創世記60年代

大阪万博「太陽の塔」1960年、各国の著名デザイナーや建築家らを招聘した世界デザイン会議が東京で開催。その後、1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博で、「デザイナー」という職業が注目されるようになりました。

亀倉雄策氏の東京オリンピックのシンボルマーク、丹下健三氏設計の東京オリンピック国立屋内総合競技場、岡本太郎氏の大阪万博「太陽の塔」など、この時作られたものは、今も鮮度の衰えない作品が多いです。

グラフィックデザイナー、建築家、プロダクトデザイナー、芸術家が集結した一大プロジェクトが続いたことで、デザイン業界は活性化。

広告が社会現象となった70年代からバブル期

おいしい生活。「モーレツからビューティフルへ」に代表される企業広告が始まったのが、1970年。富士ゼロックスがCMで使ったキャッチフレーズは、1970年を象徴する言葉となっています。

80年代のバブル期には、広告業界は成熟期を迎える。代表的作品が、浅葉克己氏のデザインと糸井重里氏のコピーによる「おいしい生活。」西武百貨店の広告だ。商品を説明するのではなく、ライフスタイルを提案する広告が新聞紙面を競った時代です。

しかし、80年代後半バブル期が終わり、経済が低迷すると、広告業界も停滞期に入ります。

デジタル時代へ

1990年代半ばには、雑誌や広告レイアウトが大きく変化。それまで定規や鉛筆を使って行っていたレイアウト作業が、DTPデスクトップパブリッシングへ移行し始めました。

今や当たり前となっているDTPですが、移行時には否定的なデザイナーもいました。「ワープロで書く文章は味気ない」「DTPには個性がない」と、手書き原稿と手書き写植にこだわったクリエーターたちは、2000年にはこの業界からから消えていきました。

個人的な感想・・・

Webが当たり前の時代になって、デザイナーの仕事領域は大きくなっている、と思います。また2020年に東京で開催されるオリンピックがやってくるので、そこでもさまざまな広告やデザイン、マスコットキャラや広告イメージなどが出てくるはずです。その時にどれだけ人の記憶に残るデザインが出てくるか、またデザイナーとして、どれだけ自分に刺激を受けて知識を吸収できるか楽しみです。

今後どう変化していくのか、自分はどうすればいいのか。悩むことは多いですが、壁に当たったときデザインの歴史を振り返ると、頭の中がすっきりして新しいアイディアが閃くことことがあるのではないでしょうか。

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